忠実に守り、そこから外れることの
ないように、精進・修行をし、身につけること。
「破」とは、師の流儀を極めた後に他流をも研究すること。
師から教えられたものにこだわらず、
他流のいいところは取り入れ、
守ってきたものを破り、心と技を発展させていくこと。
「離」とは、自己の研究を集大成し、独自の境地を拓いて
一流を編み出すこと。
「守」にとらわれず、「破」をも意識せず、
おのずと、ある形・流派から離れて
独自の境地を切り開いて修行していくこと。
この「守・破・離」の精神。
自分の今までの空手人生を思い起こしてみる。。
小3のときから、
ジャッキー・チェンに憧れ
町の空手道場に入門する。
そこは、防具をつけての空手でポイント制。
といっても、型重視。
アクションスターになると
信じて止まなかったので、
ジャッキーの映画のビデオを擦り切れるほどみては、
真似をし、俺にもできたと自己満に浸る。
徐々に空手の本質に
疑問を持ち始める。
かっこ良さだけじゃ、意味がない。
空手をやっている意味が・・・。
強くなければ。。
当時、極真である、緑健児の空手に魅了され、
強くてかっこいい空手に憧れる。
高校の頃、部活は体操部と決めていた。
なぜなら、
身体能力を高めたかったから。。
しかし、入学と同時に廃部。
なぜか意思に反して、柔道部に入ることになる。
ここで、細かった身体が10K増え、
でかい選手と打ち込み稽古をすることで、怖さがなくなる。
返っていい経験となった。
これも、意思に反して黒帯を取得することとなる。
高校卒業後、上京し、
念願の極真の門を叩いた。
ここでの黒帯の道は、
過酷なものでした。
言葉では、ちょっと・・・。(わかる人にはわかります。)
しかし、求めていたことなので
やられながらも、これだよーと内心ウキウキ・・。
極真に蔓延する一種の病気かもしれません。
夏の昇段審査では、
二日にかけて、計80人ほど組手をし、
終わった後は、真夏なのに寒く震えが止まりませんでした。
真冬の合宿では、とある山の山頂で
立禅と称し、ふんどしいっちょで立たされ、
凍傷になりました。
他にも、いろんな荒行が・・。(いや、ちょっとした事件です)
そこで、学んだことは、
「覚悟を決める」ということでした。
そんなこんなで、黒帯を取得。
その後、分裂騒動などを経て
13年が、経過しています。
常に、空手のことが頭にあります。(洗脳に近いです)
しかし、まだまだ未熟です。
自分にも「離」の時期がくることがあるのだろうか?
修行を進めていく上で、
「守・破・離」の道をたどっていくのは必然であろう。
空手に関わらず、生き方にも通ずるところがあると思います。
まだまだ、修行が足りませんなーー。
ではでは・・・。
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